勉学研究の充実のために

以下は2018年度新入生に向けた情報です。2019年度新入生の方への情報は確定次第、更新いたします。

わたしの大学生活と今思うこと

2017年3月にインタビューした内容です。

修了間近の大学院生4人に聞いた

今では、オープンキャンパスなどのイベントや広報物、Webの情報など、色々なところで大学生活に関する情報を得ることができるようになった。しかし、「大学生が何をしているか」という情報は得ることができても、そこまでに至る「過程」はなかなか知ることができる機会は少ない。今回、卒業を控えている大学院修士課程の院生4人それぞれにインタビューを行った。6年間過ごした広島大学の大学生活を振り返りつつ、今、何を思うのか。総インタビュー時間5時間超え、その内容の一部を紹介する。
全ての新入生、保護者の方、必見です。

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画像 「数学では手で書くことも重要なんです。手を動かすことで、新しい気づきやアイデアが生まれやすい」という依藤君。
自分のSurface Pro 4で現在の研究内容を説明してくれた。

■大学1年でカルチャーショック
大学の勉強では、今の段階で分かっている部分を学ぶことに加え、まだ分かっていない部分やまだ解明されていない部分の存在も含めて考えてきました。そのため、学部の1年生時に、研究していく上で必要な考え方を叩き込まれます。日本語訳された文献は誤訳がある可能性や訳者の解釈が入っていて意味合いが変わっていることがあるため、資料は一次資料(原著や元の言語の文献)までたどることや、元の言語の文章でも、言語によって論理の順番が変わっていることがあるため、注意して読むことといったことを教わりました。まだ、数ヶ月前まで高校生だった1年生にですよ(笑)でも、今、実際に論文を読む時は、紙辞書、電子辞書、Webの辞書など、使えるものは何でも使って、正確に内容を理解できるようやっています。そうしないと、何も進まないので。他にも考え方の面でも、高校時代では考えもしなかった「そもそも、何を前提にこの方程式は成り立っているのか?」といった問いを先生からいきなり投げかけられたのは、正直、カルチャーショックでしたね。

■言われていた未来が現実に
今思うのは、自分が入学した頃に「未来はこうなるんじゃないか」と様々なところで言われていたことが、実際に今は当たり前になっていることですね。例えば、休み時間に食堂へ昼ご飯を食べに行くと、1年生の子たちがパソコンを並べて課題に取り組んでいる光景を見かけます。でも、自分たちが1年生のときにはありえなかったことなんですよ。そもそも、大学で自分のパソコンを開いたりしたら、目立って人目を引くような感じだったので。今も、電子教科書など新しい取組も始まってますけど、そういった「これから、こうなるんじゃないか」と言われていることは大学生活が終わるころには当たり前になってると思いますね。
あと、パソコンの話だとよく新入生に「大学ってそんなにパソコン使えなくても大丈夫」みたいなことを言ってる先輩の学部生を見ますけど、これは違うと思います。専攻関係なく。
この6年間だけでも学生が使うツールは大きく変わってきてるので、今、最大限に使っておかないと、どんどん置いていかれます。必要になってから勉強しても、その間に周りはどんどん進んでいきますから。もちろん、使えるスキルを持った上で、あえて使わないという選択肢はアリです。実際、私も数式を書くのは、パソコンでやると手間が多いため、手書きで考えることはよくあります。でも、最終的な論文やそのための計算などはパソコンでやれと先生からは言われる。要は使い分けができるかどうかが大切で、実際は、大学の先生方を含め、誰も「使えなくてもいい」なんて言ってないんですよ。



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画像 「心理学って統計もするんですよ。文系ではないです(笑)」と笑いながら教えてくれた坂本さん。
自分のMacに統計処理ができる環境を作り、修士論文に取り組んでいる。

■学生にも業績が求められる時代
今は、大学の間でも競争が激しい時代なので、学生にも業績が求められます。学生の業績が、大学の業績にもなるからです。特に心理系であれば、大学を出て職についた後も外部から資金を獲得するために研究することが求められるので、大学を出たというのは業績ももちろんですが、 学生の間に何を残したかという実績がより重要です。そういった実績を残すためにも今、研究をしている訳ですが、参考にする論文は多くは英語で書かれています。自分で探してくることがあれば、周りに人から勧められて読むこともあります。英語は避けては通れないですね。避けたい気持ちもありますけど(笑)
ただ、研究においては英語がうまいとか下手だとかではなく、あくまで、英語は研究を進めるための「道具」という感じです。その道具を使いこなすために大学の学問のレベルにあった辞書という「取扱説明書」を持っているかどうかは大切だと思います。どれだけ使うかは人それぞれですが、持っていた方がいいのはみんな一緒じゃないでしょうか。

■私は途中で「気づいた」タイプ
私は、2年で電子辞書を買い替え、パソコンをMacに買い替えたりしました。私は自分を途中で「気づいた」タイプだと思ってるんです。入学する前は、全部両親が判断していて、「高校で使ってたものでいいじゃん」とか、「問題なさそうだから」という理由や価格で選んでいて、私自身、何も知らないままに使っていました。ただ、入学して過ごす内に「キツい」と思って買い直しましたね。例えば、フランス語は紙辞書を使っていたのですが、6月ぐらいで持ってくるの億劫になり、辞書開くのがしんどくなり、関心が薄れて、散々な成績を取ってしまって・・・。

■迷うなら、やってみること。
実は、入学する前に、辞書も欲しいなと思ってたんですよ。ただ、お金のことや「今のも使えなくはないし・・・」という気持ちもあって両親に頼めませんでした。ただ、結果的に困ってしまったので・・・。
何かやるにも、まず一歩踏み出してみたり、 道具を準備をしておくという初期投資はしておいて損はないと思います。今、振り返ると、その準備の部分の決まることも少なくないので。両親が言っていた「いつ使うか分からない」「後で買い足せばいい」という気持ちも分かるんですが、後で買い足すのがそんなに簡単じゃなかったり、後からやるのは億劫で結局やらなかったりします。
やはり、「備えあれば憂い無し」ではないですが、最初の一歩、初期投資って大事だと思います。まず、やってみて、もし合わなければ、後で辞めることはできます。でも、やらなかったら、そこで終わりですし、後でやりたいと思っても、その時にはもう参加できないことって結構あるんですよ。



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画像 「人と一緒にを取り組んで、限りなく100%の成果を出す、学生も社会人も同じなんだと思います」という久保君。
来年度からは大手鉄道会社に就職予定。先生の言葉の意味を今改めて噛み締めつつ、修士論文に励んでいる。

■チームプレーで作っていく
論文を書いていく上で、週1回先生と相談をする時間があるんですが、よく「俺は指示しているんじゃない。俺とお前はお互い1人の研究者同士で対等だ。」ということを言われます。実際、学会に出れば、自分も1人の研究者ですしね。先生と学生という関係だと、一方的に教わるというイメージが強いかもしれませんが、大学では高校までとは異なり、先生や他の学生と一緒に作りあげていきます。先生は方向性を示しますが、そこからの実験方法など細かい部分は自分で考えます。実験の中で先生が気付いてないことも発見することもあり、それを共有して新しい発想が生まれることもありますね。大学では基本的にまだ明らかになっていないことを考えていくので、自然と様々な人と協力していく機会が多いです。もちろん、学校の課題を1人でやることもありますが、どちらかというと、複数人で協力することを狙った課題が学部の頃から多かったように思います。レポートの量自体も、1ヶ月で30枚を超えたりとすごく多いというのもあり、グループで役割分担をして取り組んでいました。例えば、計算が得意な人は計算担当といったような感じで、それぞれ分担を持ち、結果をオンラインストレージ【インターネット上でファイル保管・共有ができるサービスの総称。広島大学はMicrosoft社のOnedriveを採用しており、広島大学の学生は無料で使用できる】で共有して、それぞれのレポートにまとめたりしていました。

■大学の勉強と社会
大学生活の6年間で一番印象に残っているのは、とある先生に言われた言葉です。沿岸系の研究者で、防波堤の設計などをしていらっしゃる先生だったのですが、その先生にレポートを提出したところ、成績が不可で再提出することになりました。その再提出をした時に先生が言ったのが、「お前ら60点で単位がもらえると思ってるんだろうけどな、お前らが就く仕事は100点の仕事じゃないと、人の命を奪うことになるんだぞ。分かってるか?お前らの役目はみんなの命を守ることなんだぞ!」と。もう、衝撃的でしたね。私が入学した年が2011年で、東日本大震災が起こった年でした。それから、まだ1年たっていない頃に受けた講義だったので、色々と思うことがありましたし、学部のレポートでここまで求められるのかという驚きもありました。そして、その後勉強していく中で、土木系というのは目立たないかもしれませんが、確実に人の命に関わっている分野であることと合わせて、自分たちがやっていることが社会で繋がっていることに改めて気づきました。
自分自身も鉄道会社に就職することになり、乗客や現場の作業員の命を預かる仕事をすることになったため、今改めて先生から教わった言葉を思い返すと、前より実感が湧きます。今日、帰ったら紙に書いて手帳に挟んでおこうと思います。



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画像 「日本語教育の場でもパソコンの活用することが増えています」と岩井さん。
論文や自作の教材を見せながら、インタビューに答えてくれた。

■日本語を教えるために英語を使う
私は、日本語教育学という学問を専攻していています。その中でも、日本人にとっての英語のように、日本語が母国語ではない外国の方への日本語教育を研究しています。そのために、昨年1年間は休学してベトナムの日本人学校で教師として働いていました。実際に海外で行って実践することで、本で書かれていたことを実際に体験できたり、学部の時に勉強したことがようやく理解できたというか、自分の中で消化できたこともあり、とてもいい経験をすることができました。広島大学も留学生が増えてきていますが、実際に海外に行ってみて分かること、得ることは多いと思います。

■自分で決めるということ
私、もう5年ぐらいずっと「自立する」が目標なんですよ。高校生の頃は結構、両親や先生たちが、一定レールを引いてくれていたように思います。ただ、大学になるとそのレールの引き方が薄くなるというか、自分で決めなくてはならない部分が大きくなりました。どうしようと思って両親に相談したら「自分で決めなさい」と言われたり、研究で先生に質問しすぎて、「少し自分で考えてみなさい」と言われたりしましたね。特に、研究は外部に公開されることもあり、小さな論文でも影響力を持つことになるため、自分で決める、判断するということはその内容に責任を持つことにもなります。また、大学生活といっても勉強だけではないので、バイトをするかどうかといった生活のことも自分で決めてなくてはならないことがたくさんあります。私も期間があるとはいえ、海外で働くかどうかを自分で決めることが大学生の私に起こるとは思っていませんでしたが、自分で選ぶこと、自由にできる期間を両親に与えてもらえたことは今の私にとって、海外で働いた経験と同じくらい大きな経験になったと思います。



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